ムハンマドの預言者性(1/3):彼が預言者であるという証明
説明: ムハンマドが真の預言者であるということの証明。第1部:様々な教友たちが彼の預言者性を信じるに至った根拠。
- より IslamReligion.com
- 掲載日時 06 Dec 2009
- 編集日時 31 Aug 2024
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神からのご援助は人間の要求と比例しています。神は、人間の何かに対する要求が高ければ高い程、その獲得を容易にしてくれます。空気や水、日光は人間の生存に不可欠であるため、神は私たちにとってその獲得を困難なものにはされません。そして人にとって最も必要なものは、創造主の存在を知ることです。それで神は、かれの存在の認識を私たちにとって容易なものとされました。しかしながら、神の存在の証拠はその性質によって異なります。全ての創造物は、各々の方法によりその創造主を証明します。命の周期、死などの一部の証拠は余りにも明白な為、いかなる俗人であっても直ちに創造主を‘見る’ことが出来ます。また、その他の人々は数学的な定理、宇宙における不変の物理的法則、胎児の形成などの優美さから創造主の手仕事を‘見て’いるのです:
“本当に天と地の創造、また夜と昼の交替の中には、思慮ある者への印がある。”(クルアーン3:190)
私たちは神の存在と同様、預言者の真実性を確立させることについても証拠を必要とします。ムハンマドは彼以前の諸預言者と同様、神によって人類へ遣わされた預言者であると主張しました。もちろん、彼の真実性についての証拠は多種多様であり、おびただしい数の証拠が存在します。その中の一部は自明であり、また一部は熟考の末に明白なものとなります。
神はクルアーンにおいて仰せられています:
“われは、わが印が真理であることが彼らに明白になるまで、(遠い)空の彼方において、また彼ら自身の中において(示す)。本当にあなた方の主は、全てのことの立証者であられる。そのことだけでも十分ではないか。”(クルアーン41:53)
神の証言はそれだけで十分であり、他の証拠を全く必要としません。ムハンマドに関する神の証言は、次の点にあります。
(a) 先の諸預言者に対して下された、ムハンマドの外見を予言する神の啓示。
(b) 神の行為:神がムハンマドの主張を支えるためにもたらした奇跡や‘しるし’。
イスラーム黎明期はいかにして始まったのでしょうか?そして、いかにして初期の信仰者たちは彼が神の預言者であると確信したのでしょうか?
最初にムハンマドの預言者性を信じたのは、彼の妻ハディージャでした。彼が神の啓示を受け、恐怖に戦きながら帰宅した時、彼女によって慰められました。
“いいえ!神に誓って、神は決してあなたを辱めるようなことはされません。あなたは親族との良い関係を保ち、貧者を助け、客人をもてなし、困窮者を援助しているではありませんか。”(サヒーフ・アル=ブハーリー)
彼女は、自分の夫が神によって辱められるような男ではないことを知っていました。なぜなら彼は誠実さ、正義感、慈善心などの徳を兼ね備えていたからです。
彼の同年代であり、彼を幼少時代から良く知る盟友でもあるアブー・バクルは、‘私は神の使徒である’という言葉を聞いた直後に彼を信じました。彼の人生を熟知していた彼には何の証拠も必要ではなかったのです。
アムル1も彼の言葉を聞いてすぐに信じた一人でした。彼は言っています:
“私はイスラーム以前から常々、人々は誤りの中にあり、道を外しているものだと思っていました。彼らは偶像を崇拝していたのです。そんなある時、私はマッカで布教している者の話を耳にし、彼に会いに行きました:‘あなたは何者ですか?’彼は答えました:‘私は預言者である。’私は再び訊きました:‘預言者とは何者ですか?’彼は答えました:‘神が私を遣わせたのである。’私は言いました:‘なぜ神はあなたを遣わせたのですか?’彼は言いました:‘私が遣わされたのは、相互関係を強化させ、偶像を破壊し、そして(崇拝において)何者も神に並べられないよう、神の唯一性を宣言するためである。’私は言いました:‘あなたに従うのは誰ですか?’彼は言いました:‘自由人と奴隷(アブー・バクルと、当時奴隷だったビラールを指して)である。’私は言いました:‘私はあなたに従おうと思います。’”(サヒーフ・ムスリム)
またディマードは精神病を専門とした砂漠の治療者でした。彼はマッカを訪問した際、人々がムハンマド(彼に神の称賛あれ)を狂人呼ばわりしているのを耳にしました。自分の腕に自信のあった彼はこう言ったのです:‘もし私がこの男に出会えば、私の手によって神は彼を癒されるだろう。’ディマードは預言者に会い、こう言いました:‘ムハンマドよ、私は精神病の者、または魔術による患者を守ることが出来る。神はかれの御心にかなう者を、私の手によって癒されるのだ。あなたは癒しを望むか?’神の預言者はまず、彼の一般的な説教の前置きから始め、次のような反応をしました。
“実に、称賛と感謝は神に属するのである。我々はかれを称え、かれの助けを求めるのだ。神が導く者を迷わせることは誰にも出来ず、神が迷わせた者を導くことは誰にも出来ない。私はいかなるものも並ぶことのない唯一者である神以外に崇拝に値する者はなく、ムハンマドはかれの忠実な僕であり、使徒であると証言する。”
これらの言葉の美しさに心を打たれたディマードは、彼に対してその言葉を繰り返すよう求め、こう言いました:‘私はこれまで数々の易者、魔術師、詩人の言葉を聞いて来たが、このような海の底まで響き渡るような言葉を聞いたことがない。私はあなたにイスラームの忠誠を誓います。’2
また大天使ガブリエルを介して預言者ムハンマドに最初の啓示が下った後、彼の妻ハディージャは、彼女の年老いた従兄弟であり、聖書学者のワラカ・ブン・ナウファルのもとへ連れて行き、その出来事に関して話し合いました。ワラカは聖書の予言からムハンマドを認知し、このように確証しました。
“それは、モーゼを訪れた秘密を握る者(天使ガブリエル)である”(サヒーフ・アル=ブハーリー)
また人の顔は、その魂の窓口ともなり得ます。当時マディーナのラビ長であったアブドッラー・ブン・サラームは、マディーナに到着した預言者の顔を見て声高に言いました:
“彼の顔を目にした瞬間、彼は嘘つきではないと分かった!”(サヒーフ・アル=ブハーリー)
一方預言者の周囲にいた、イスラームを受け入れなかった多くの者たちがそうした理由とは、預言者の真実性を疑ったからでなく、その他の理由からでした。彼の叔父アブー・ターリブは、彼の生涯に渡って預言者を支援し、預言者の真実性を証言しましたが、羞恥心と社会的地位の喪失の恐れから、彼の先祖の宗教の破棄を拒んだのです。
ムハンマドの預言者性(2/3):彼の主張は正しかったのか
説明: ムハンマドが真の預言者であるということの証明。第2部:ムハンマドは嘘つきだったという主張の検証。
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- 掲載日時 06 Dec 2009
- 編集日時 21 Oct 2010
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彼による主張の論理的分析
前回検証されたように、ムハンマドは‘私は神の使徒である’と主張しました。この主張は真実であったか、または嘘であったかのどちらかということになります。今回は後者を事実と仮定し、過去と現在の懐疑論者によって提唱されているあらゆる可能性を模索し、それらの誤解を検証します。それら全ての可能性が消えて、初めて彼の主張は正しかったのであると結論付けることが出来るでしょう。同時にこの件に関してクルアーンがどのように述べているかも見て行きます。
彼は嘘つきだったのか?
一人の嘘つきが23年間に渡り揺るぎない信念を持ち、自分自身がアブラハム、モーゼ、イエスのような預言者であり、彼以降に預言者は現れず、彼に下された啓示は終末まで手が加えられない奇跡であると主張することは可能でしょうか?
嘘つきとは、親しい友人や家族の一員に対してなどにおいて、往々にして失敗を犯すものです。20年以上に渡って伝えられた彼の教えは時には矛盾したでしょう。しかし現実に私たちが目にするのは、矛盾した内容とは無縁な啓典、そして彼の使命において首尾一貫した教えなのです。彼は戦いの最中でさえ、自らの預言者性を宣言しています。1
また彼の伝記は残っており、誰もが容易に手にすることが出来ます。イスラーム以前の彼は、決して嘘をつかない、誠実で信頼の置ける人物として、人々の間で良く知られていました。2この理由により、彼は“アル=アミーン(正直者)と呼ばれていました。彼は断固として虚偽に反対し、それに対して戒めました。どんな嘘をもつかなかったことで知られたこのような人物が、彼自身を社会的迫害に追い込むであろうような大がかりな嘘を23年間にも渡って続けることが可能でしょうか?これは単純に嘘つきの心理からかけ離れています。
もしも、嘘をついてまで預言者を名乗る理由があったのであれば、その理由は以下の二つのうちのどれかでしょう。
1)名誉、栄光、富、そして地位。
2)道徳の発展。
もし誰かが、ムハンマドが預言者を名乗った理由は名誉、栄光、富や地位のためであったと主張するのなら、実際に起きたのはその正反対であることが分かります。ムハンマドは自分が預言者であると宣言する前は、あらゆる側面において高い地位に恵まれていました。彼は最も高貴な部族の中の最も高名な家柄の出身であり、誠実さで知られていました。またその「預言者」宣言の後、彼は社会的な追放処分に遭いました。彼と彼の追従者たちは、マッカで13年間に渡り、一部の追従者たちを死に追いやった苦しい拷問や、嘲り、制裁などを蒙ったのです。
当時の社会では、主に勇敢さや詩など名誉を得るための他の方法が沢山ありました。後に説明するように、もしムハンマドがクルアーンを自身の著作としたのであれば、それだけでも彼の名前と詩は金で彫り込まれ、カアバ聖殿の中に永久に掲げ上げられ、世界中の人々は彼を祀りあげたことでしょう。しかし彼は、自分は啓示の著者ではないとし、それが天高くにいる御方から下されたものであると言い、そうすることによって彼の時代から私たちの時代まで嘲笑されることになるのです。
預言者は裕福な女商人の夫でもあり、当時の水準では快適な生活を送っていたのです。しかし彼が預言者であると主張した後は、最も貧しい者の一人となったのです。彼は何日間も家の暖炉に火をつけることすら出来ず、ある時には空腹のあまり、施しを期待してモスクまで出向く程でした。マッカの支配者たちは彼に対し、その教えの破棄と引き換えに巨万の富を約束しました。彼らの取引に対し、彼はクルアーンを朗誦しました。以下はこれらの節の一部です。
“本当に、「私たちの主は、アッラーであられる。」と言って、その後正しくしっかりと立つ者、彼らには、(次から次に)天使が下り、「恐れてはならない。また憂いてはならない。あなた方に約束されている楽園への吉報を受け取りなさい。(と言うのである)。われは現世の生活においても、また来世においても、あなた方の友である。そこではあなた方の魂は望むものを得、そこではあなた方の求めるものが得られる。寛容にして慈悲深い御方からの歓待である。」人々をアッラーの御許に呼び、善行をなし、「本当に私は、ムスリムです。」と言う者程美しい言葉を語る者があろうか。善と悪とは同じではない。(人が悪をしかけても)一層善行で悪を追い払え。そうすれば、互いの間に敵意ある者でも、親しい友のようになる。だがよく耐え忍ぶ者たちの外には、それは成し遂げられないであろう。格別幸運な者たちの他には、それを成し遂げられないのである。”(クルアーン41:30−35)
またもしムハンマドが荒廃した社会の道徳・宗教改革をもたらすために預言者を名乗ったのであれば、その可能性を検証すること自体、無益なことです。いかにして人は嘘を基盤とした道徳改革をもたらすことが出来るでしょうか。もしムハンマドが高潔な道徳と唯一神崇拝の支持と布教に極めて熱心であったのなら、自分自身に嘘をついてまでそうすることが出来たでしょうか?もしそれが不可能であると言えば、彼は真実を語っていたということが唯一の答えとなります。他の唯一の可能性としては、彼が狂人だったということになります。
ムハンマドの預言者性(3/3):彼は狂人、詩人、あるいは魔術師だったのか
説明: ムハンマドが真の預言者であるということの証明。第3部:批評家によるその他の虚偽の主張に関する検証。
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- 掲載日時 06 Dec 2009
- 編集日時 21 Oct 2010
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彼は狂人だったのか?
精神病者と接したことのある者は、そういった人々には特定の症状が見て取れることを知っています。ムハンマドはその生涯において、全く狂人特有の症状を示しませんでした。彼の友人、妻、または家族は誰一人として、狂人であることを理由に彼を見捨てはしませんでした。発汗などの啓示の身体的な影響については、啓示の強烈さによるものであり、てんかんの発作、あるいは精神病によるものではありませんでした。
それとは対照的にムハンマドは長期に渡って宣教し、その完全さと複雑さにおいて当時のアラブ社会にとっては全くの未知のものだった法律をもたらしました。もしも預言者が狂人だったのであれば、彼の周囲にいた人々にとって、23年の間のどこかの時点でそれは明らかになったでしょう。歴史上において、一人の狂人が10年間に渡って唯一神への崇拝を呼びかけ、その内の三年間は追従者たちと共に追放され、やがてその地の支配者になったなどということがあったでしょうか?これまで出会った人々の心と魂を勝ち取り、敵からも尊敬されたような狂人が存在したでしょうか?
更に彼に最も近かった教友のアブー・バクルとウマルは、その能力、高潔さ、技量、術策に長けていました。彼らは彼がもたらした宗教において全てを犠牲にする覚悟がありました。ある時アブー・バクルは、自らのあらゆる財産をムハンマド(彼に神の慈悲と祝福あれ)のもとへ持って行き、家族のために何を残したのかを聞かれたところ、こう答えました:‘私は彼らに神とその使徒を残しました’。
商業を営んでいたアブー・バクルは、ムハンマドの後に全アラブ人の統治者として選ばれた後、自分自身と家族に対し僅か2ディルハムを費やしただけでした。
一方アブー・バクルの後にアラビア半島の統治者として選ばれたウマルは、シリアとエジプトを支配し、ペルシャとローマの両帝国を征服しました。彼は実直な正義感を持つ男として知られていました。誰が一体、このような人々が精神的に狂っている人物に従っていたと主張することが出来るでしょうか?
神は次の節において、偏見や先入観を持たないで神の前に立ち、他者と話し合うか、自分自身で熟考しなさいと示唆しています。彼は狂人などではないのです:
“言ってやるがいい。「私は忠告する。あなた方はアッラーの御前に、2人ずつまたは1人ずつ立ってよく考えなさい。あなた方の同僚は、気違いではない。彼は厳しい懲罰の(下る)以前に、あなた方に警告するに過ぎない。」”(聖クルアーン 34:46)
当時のマッカの人々は、部族間の党派心から彼の呼びかけを拒否しながらも、彼ら自身、預言者が狂人であるという言いがかりに確信をもってはいませんでした。今日においても、多くの人々はムハンマドがアラブ人であるという理由によって彼を預言者として認めず、彼は狂人だったのだろう、もしくは悪魔の仲間だったのだろうという根拠もない理由を付けて自己満足をしているに過ぎないのです。神が仰せられているように、彼らのアラブ人に対する憎悪がムハンマドの拒絶につながっているのです:
“いや、彼は真理をもたらして、(彼以前の)預言者たち(の啓典)を確証する者である。”(クルアーン37:37)
多神教徒のアラブ人たちはムハンマドを熟知していましたが、彼らはムハンマドの宗教が、先祖から伝わる宗教に対する冒涜であると見なしたため、彼に対して狂人であるというレッテルを貼ることにしたのです。
“明白なわれの印が、彼らに読誦されても、彼らは言う。「これは一人の男が、あなた方の祖先の崇拝していた神々から背かせようとするのである。」また言う。「これはただ捏造した、作りごとである。」また真理を信じない者たちは、それが彼らに現われると、「これは明らかに魔術に過ぎない。」と言う。われは(前もって)、彼らの学び得る啓典を下していた訳ではない。またあなた以前に、どんな警告者もかれらに遣わさなかった。彼ら以前の者も(真理)を嘘であるとした。われが昔の人々に与えたものは(マッカの人々にとっては)十分の一にも達しない程(優遇)したのに、われの預言者を嘘つき呼ばわりした。わが怒りは何と激しかったことか。
彼は詩人だったのか?
神は、彼らの言いがかりをクルアーンにおいて触れられ、受け答えられています:
“また彼らは、「ただの詩人だ。彼の運勢が逆転するのを待とう」と言う。言ってやるがいい。「待っているがいい。私もあなた方と共に待っていよう。」一体彼らの乏しい理解力がこう命じたのか、それとも彼らは法外な民なのか。または、「彼(ムハンマド)がこれを偽作したのである。」と言うのか。いや、彼らは信じてはいないのである。”(クルアーン52:30−33)
神は預言者と詩人を比較して、当時の詩人についてこう描写しています:
“また詩人たちのことだが、(悪魔に)そそのかされた者たち(だけ)が、彼らに従う。あなたは、彼らが全ての谷間をさまよい歩く1のを見なかったのか。また彼らは、自分の行いもしないことを口にするではないか。信仰して善行に勤しむ者、またアッラーを多く唱念し、迫害された後には自らを守る者は別である。不義を行った者たちは、どんな変り方で、移り変っていくかを、やがて知ることになろう。 ”(クルアーン 26:224−227)
正しい品行、神への奉仕、貧者の救済などへ招いた預言者とは反対に、酒、女道楽、戦争、余暇について語っていたアラブ詩人は真理から最も遠ざかっていました。今日の詩人や哲学者とは違い、ムハンマドは誰よりも先に自らの教えを実践していたのです。
預言者が朗誦したクルアーンは、その性質においていかなる詩とも異なります。当時のアラブ人たちは詩の中の韻律、押韻、音節や節の語尾において厳格な規則を適用していました。クルアーンは当時知られていた規則のどれにも従わず、同時にアラブ人が知っていたあらゆる種類の詩文を上回っていたのです。彼らの一部はクルアーンのわずか数節を聞いただけで、彼らの持つ知識から、それらのような美しいものの源泉が創造物から来るはずがないことを悟り、直ちにムスリムになったのです。
ムハンマドは、イスラーム以前、そして預言者としての使命を受けた後も、詩を書いたことは一度もなかったことで知られています。実際、預言者はそれらをひどく嫌っていました。彼の言行録であるスンナは、これまで手厚く保管され、クルアーンとは文学的に全くその内容と趣きを異にします。アラビア詩の倉庫にムハンマドによる作品は一つもないのです。
彼は魔術師だったのか?
預言者ムハンマドは一度も魔術を学んだり、実践したりしたことがありませんでした。反対に彼は魔術の実践者を非難し、彼の追従者たちに対してそれに対する保護を教えたのです。
魔術師たちには、悪魔との強い関係があります。彼らの組み合わせは人々を欺くことを可能にさせます。悪魔の目的は虚偽、罪、卑猥、不道徳、悪の普及、そして家族の破壊なのです。クルアーンは悪魔に取り憑かれた人々を明確にします:
“われは、悪魔たちが誰の上に下るのかあなた方に告げようか。彼らは、全ての嘘付きの徒の上に下る。(悪魔の話に)耳を貸す(者)の多くは嘘付きの徒である。”(クルアーン26:221−223)
預言者ムハンマドは、一度も嘘をついたことのない、謹厳実直な者として広く認知されていました。彼は人々に品行方正であるよう命じました。世界史において、クルアーンのような啓典、またはムハンマドのような法をもたらした魔術師は存在しません。
Footnotes:
1多くの注釈者たちが指摘しているように、この慣用表現は、混乱や目的のなさ、または自己矛盾を表す際に用いられます。この文脈では、あらゆる矛盾を超越しているクルアーンの正確さと、詩特有の曖昧さとの比較として強調されています。、﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽
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