なぜムスリムは断食をするのか(パート 2 / 2)
説明: 断食の様々な段階:衝動的・感情的段階、精神的段階そして霊的段階。
- より Dr.ビラール・フィリップス
- 掲載日時 02 Aug 2010
- 編集日時 02 Aug 2010
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衝動的レベル
性的本能と衝動(リビドー)は、断食のこの段階において抑制されます。メディアが継続的に商品を宣伝し、販売するために性欲を弄ぶ今日、これらの強い欲望をコントロールする能力は大きなプラスとなります。断食は肉体的に性欲を減らし、そして事実、断食をしている人は性衝動の抑制を助けるため、精神的に刺激するようなものは避けなければなりません。預言者ムハンマド(神のご慈悲とご加護が彼にありますように)は、こう言われました:
“若者たちよ、誰でもあなた方のうち結婚できる者はそうしなさい。それは視線と陰部を慎ましくさせます。しかし結婚出来ない者は断食するべきです。なぜならそれは盾だからです。” (サヒーフ・アル=ブハーリー)
合法的な性行動から自分を抑制することは、断食をする人を、断食していない時に禁止されている性行動から自分を抑制しやすくします。
感情的段階
この段階での断食は、人間の心と魂にくすぶる多くの悪い感情を制御することに関わっています。例えば、最も有害な感情は怒りです。断食はこの感情を制御するのに役立ちます。預言者ムハンマドは言われました:
“あなた方が断食をしている時には、下品な行為、不必要な話を避けなければならない。もし誰かがみだらな会話、または議論をしようとするならば、彼は ‘私は断食しています’” とただ言うべきです。’” (サヒーフ・アル=ブハーリー)
このように、断食をしている人はこの段階において、いかなる悪い感情に襲われたとしても、それを避けなければなりません。またみだらな会話や白熱した議論を控えなければなりません。例え自分が正しくても、その正しさを見過ごし、感情を損なわないことが賢明です。そして全ての断食者が禁欲の共通の基準まで自らを抑えられるように、嫉妬という悪い感情もまた抑えられます;この見地においては、表面的には誰も他人より優れているということはないのです。
心理的段階
この段階は断食している人に、悪い考えを心理的に制御させ、そしてどのようにケチや貪欲さを克服するかをある段階にまで訓練させます。
“アッラーは虚言とそれによる行いを放棄しない者が飲食を断つことなど、お求めにもならない。” (サヒーフ・アル=ブハーリー)
すぐ欲望が満たされるこの時代において、俗世間の諸事が人の必要と欲望を大抵すぐに満たしてしまうことに慣れてしまった時、満足を先延ばしにする能力を備えることは一つの重要な技量です。即座の満足と満足を先延ばしにすることの違いは忍耐です。断食の間、信者は忍耐とその益を学びます。
心理的見地から見ても、ある程度世俗のものから離れることは良いことです。よい生活を楽しむことに何も間違いはありません。事実、人はそうすることができますし、またそれを期待すべきです。しかしながら、それらが人々の生活の中で最も重要なこととならないためにも、彼らが自分自身を物質的なものから離すことが出来ることは重要です。断食はまた、現代の大部分を占めるようになった多くの中毒を克服する機会をも人に与えます。食べ物は多くの人にとって、心地よさと喜びをもたらしますが、それらから自身を引き離す能力を身につけることは、断食する人々に彼らが行為に対してのある程度の制御能力を有することを知る心理的利益をもたらします。
霊的レベル
最も高く重要な断食の段階、神の意識の段階、これを確立するために、預言者ムハンマドは毎日の断食の前に、断食のための意図を更新するよう要求されました。
“誰でもファジュル(夜明け)前に断食の意図をしない者は、断食を行ったことにはならない。” (アブ―・ダーウードの伝承)
意図を毎日更新することは、断食の霊的洗浄効果を作用させ、また誠実かつ本質的な霊的基礎の構築のためにも役立ちます。誠実な断食は、罪を清めそして償うのです。預言者はこう言いました:
“誰でもラマダーン月に神からの報酬を求め、誠実な信仰から断食する者は、その過去の罪を赦されるであろう。”
彼はまた、このように言ったとも報告されています:“あるラマダーンから次のラマダーンまでの間の罪は償われる”。 誠実な断食は、人をアッラーに近づけ、特別な報酬をもたらします。預言者は、断食をする者には天国でライヤーンと呼ばれる門が用意されていると言いました。
“ラマダーンが来ると、天国の門が開く。” (サヒーフ・アル=ブハーリー)
断食は主として、人と神との間のものです。誰も、どの人が本当に断食しているかの確信は出来ません。断食のこの緻密な側面ゆえ、預言者はアッラーがこのように言われたと引用しています:
“アダムの末裔の全ての行いは、彼ら自身のものである。但し断食はその限りではない。それは我自身のためだけのものであり、そして我のみがそれに報いる.” (サヒーフ・ムスリム)
断食の最初の段階と合わせ、この段階は人を内面の奥底から変化させます。それは断食する人の霊性を蘇らせ、息を吹き返させ、そして改心させ、更には本質的に彼、または彼女の人格、または性格を変化させます。これらは神の自覚の段階を強める貴重なものです。
そしてラマダーン月に続く月の最初の日、新たなの新月が確認された後、イード・アル=フィトルと呼ばれる特別なお祝いが催されます。多くの主食品が貧しい人に寄付され(ザカート・アル=フィトル)、皆が入浴して身奇麗にし、それが可能であるのなば新しい最良の服を着、それから集団礼拝が早朝に行われ、次いでご馳走を食べ、親族や友人を訪ねます。一年を通して、他の断食の日もあります。ムスリムはラマダーンの後の月であるシャウワールの6日間、また通常の毎月曜日と木曜日、そして年初めの最初の月であるムハルラムの第9日と10日または、10日と11日を断食するよう奨励されています。ちなみにその10日目はアーシューラーと呼ばれ、ユダヤ教徒もまた断食する日(ヨム キプール)です。アッラーはこの日、ムスリムを啓典の民の手法から区別するために2日間の断食するよう命令されました。
また断食することそれ自体が推奨されている一方で、継続的な断食、同様に禁欲生活、独身主義、そしてまた現実の世界からの逃避などはイスラームにおいて否定されています。またイード・アル=フィトルとハッジの祝祭であるイード・アル=アドハーの2つの祝祭の日に断食することは厳しく禁止されています。
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